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福岡地方裁判所 昭和30年(ナ)5号 判決

原告 大塚隆太郎

被告 福岡県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「昭和三十年二月十一日施行された福岡県嘉穂郡嘉穂町長選挙の効力に関し、原告のなした訴願に対し被告福岡県選挙管理委員会が同年八月二十三日なした裁決を取消す、右選挙は、原告の立候補届と選挙長のこれに関する告示、並びに選挙長が右届出を選挙管理委員会と町長に対し通知したる手続を除く外、無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、昭和三十年二月十一日施行された嘉穂町長選挙において、原告は訴外金光禎、山本藤太郎と共に候補に立ち、原告の立候補届書は同年二月五日同町選挙長武田懿太郎に受理され選挙長は当日右届出を告示すると共に、同町選挙管理委員会と同町長にこれを通知し、原告の立候補手続は適法に行われたものであるところ、後に述べる理由により金光禎の立候補届出及び大里作右衛門による山本藤太郎の候補者推薦届出は、いずれも無効のものであるから、真正の候補者は原告のみであり、原告が無投票当選の決定を受くべき筋合であるに拘らず、同町選挙管理委員会は、原告の外金光及び山本をも候補者として選挙を施行し、同町選挙会は、金光禎を当選者と決定した。よつて原告は右選挙は、原告の立候補届出とこれについての選挙長の告示、及び選挙長が右届出ありたることを同町選挙管理委員会並びに同町長に通知した手続を除く外は、すべて無効であることを主張して同町選挙管理委員会に異議の申立をしたところ、同委員会は昭和三十年三月二十五日右申立を理由なしとして棄却する決定をした。よつて原告は、右決定の取消を求める為、被告福岡県選挙管理委員会に対し訴願の申立をしたところ、被告委員会は、同年八月二十三日右訴願を棄却する決定をなした。その決定の理由とするところを見るに(イ)原告の申立は結局金光候補の当選を無効とする裁決を求めるに在りとし、(ロ)金光候補の立候補届書及び大里作右衛門による山本候補の推薦届書に、その届出当時原告の指摘するような不備の点があつたことは認められるが、これ等の形式の不備は未だ以て右届出を無効ならしめる程度のものではないから右両名及び原告を候補者として施行された選挙は無効ではなく、金光候補を当選人とした選挙会の決定も無効ではない。その他右選挙及び当選を無効とするに足る事実はこれを認め難いというに在る。

しかしながら、原告は右訴願において本件選挙の無効なることを主張しその旨の裁決を求めたのであつて、当選無効の決定の取消を求めたのではないから、被告委員会がこれを金光候補の当選の効力に関する訴願として処理したのは違法であるのみならず、被告委員会が前記届書の不備なる点を認めながら、その不備は未だ以て届出を無効とするに足りないものとし、その他の原告主張事実についてもこれを採用しなかつたのは違法であつて取消を免れない。すなわち、

(一)  右選挙においては、武田懿太郎が選挙長で、山本覚重は選挙管理委員会委員長であつたから、届書の宛名人は当然選挙長武田懿太郎でなければならないのに、同町選挙管理委員会は宛名人として「選挙長山本覚重殿」と印刷した謄写版刷の用紙を配布し、金光候補は右の宛名人を訂正しないままで、右用紙を用いて立候補届出をなし、また山本候補の推薦届出をなした大里作右衛門も同様宛名人を訂正しないまま右用紙を用いて推薦届出をしたものである。かような届出は、選挙長たる武田懿太郎に対する届出ではなく、選挙管理委員長たる山本覚重に対する届出に外ならないから、結局選挙長に対する有効な届出はなかつたものと見なければならない。凡そ不動文字の印刷してある用紙を用いて届出をなす場合には、不要又は誤つた記載はこれを抹消し、必要なる事項はこれを記入して加除訂正を証する押印をなすべきことは勿論であるところ、町長選挙の立候補届出は選挙の期日より五日前までになさねばならないから、かような訂正及び訂正印の押捺も、右期限内(本件選挙においては同年二月六日まで)にこれをなすべきものなるに拘らず、右両名の届出者は右期限までにこれをなさず同年二月九日夜原告が、金光、山本両候補者の届出は無効であることを主張し、原告の無投票当選を決定すべき旨を記載した「無投票当選の申立」と題する書面を選挙管理委員会に提出するや、同委員会は、届出者両名には無断で同委員会の職員をして宛名人を武田懿太郎と訂正せしめ、「嘉穂町選挙管理委員会印」を訂正印として押捺し、更にその後に至つて届出者の訂正印を押捺せしめたものであるが、立候補届出期限経過後になされたかような措置によつて前述無効なる届出が有効となるものではない。従つて正当なる候補者は原告唯一名なるに拘らず、右金光、山本両名をも候補者として施行された右選挙は前記除外の点以外はすべて無効である。

(二)  公職選挙法施行規則第十二条によれば、町長選挙において候補者が自ら立候補届をなす場合と選挙人が他人を候補者として推薦届出をなす場合とは届出の様式を異にすることを要し、前者は同規則第十六号様式、後者は第十七号様式によるべき旨明定されている。然るに右選挙において嘉穂町選挙管理委員会は、金光候補等の利益を図り、故意に届出の内容を曖昧ならしめる為、右両様式を混交した謄写版刷の届出用紙を発行し、金光、山本両候補の届出には右用紙を使用せしめたのであるが、金光候補及山本候補の推薦届出人は、右用紙に印刷された不要文字の抹消をしないままで、届出書を提出したので届出の眼目たる候補者自身の届出なりや、推薦者による届出なりやの区別が明瞭でない。すなわち金光の方は立候補届であるから、「推薦」の文字(二ケ所)を抹消して候補者自身が訂正印を押捺すべく、山本候補の方は、推薦届出であるから、届出者自身において「立候補」の文字(二ケ所)を抹消して訂正印を押捺すべく、且かかる訂正及び訂正印の押捺は、届出の期限たる同年二月六日までにこれをしなければならないのに拘らず、これをなさず、右期限経過後、同町選挙管理委員会の書記末継実が届出人に無断で右不要文字及び届書中「添付書類記載欄」の不要文字を抹消し更にその後に至つてやうやく届出人両名の訂正印を求め、期限内にこれをなしたる如く擬装したのであるから、固より右届出はいずれも無効であり右両候補者は実は候補者たり得ないものである。

(三)  公職選挙法施行令第八十八条第一項末段の規定によれば、町長選挙の候補者の届出については、地方自治法第百四十二条の規定によつて「町長がなることができない地位又は職」にあるか否かを記載しなければならないものであるところ、金光禎はセメント販売業者であつて、金光建材店を経営しており、同人が町長となる場合には、嘉穂町の土木建築工事の施行を促進し、その工事材料を同店から購入し得る地位に立つこととなるから、かかる職業に従事することは、右施行令第八十八条に定める「地方自治法第百四十二条の規定によつて当該地方公共団体の長がなることができない地位又は職」に在るものというべく、従つて、立候補の届書には必ずこれを記載すべきものなるに拘らず、金光候補はこの点を曖昧ならしめる為、故らに職業及び住所の記載をしなかつたものであつて(住所を記載しなかつたのは、その住所と金光建材店の所在地との一致の暴露することを恐れたるによる)かゝる職業の記載を欠く届出書は、前記法条に反し無効であり、同人は正当な候補者たり得ないものである。

(四)  本件選挙において選挙長が公職選挙法施行令第九十二条第一項により嘉穂町選挙管理委員会及び同町長職務代行者宛になした候補者届出の通知書は、金光禎の分は候補者自身の届出であるのに「候補者(推薦)届出があつたので云々」と推薦届出なるが如く記載している違法があり、また同候補の立候補届出書には、前記の如く職業住所の記載がないのに、右通知書には、職業を農業と記載し、住所をも記載している違法がある。

(五)  金光、山本両候補の届出に際し、選挙長の職務執行補助者である嘉穂町選挙管理委員会の職員は、忠実な職務執行をなさず右両候補の利益の為故意に曖昧な届出手続を企図し、両候補の届出書について正当な受付処理(例えば記載洩れの箇所は届出人に記入させ、不要文字は抹消させ誤記は訂正させ、訂正印を押捺せしめる等のこと)をなさず、選挙の自由公正を害しているから、右選挙は原告の立候補手続に関する点以外は無効である。

(六)  右選挙において、同町選挙管理委員会が、その職務権限の一切を同町役場当局に一任して顧みなかつたのは公職選挙法の規定に違反するものであるから、右選挙は原告の立候補手続に関する点以外は無効である。

(七)  以上の外原告は金光候補の選挙運動員及び警察官から直接間接選挙妨害を受けた事実がある。このことは選挙の自由公正を害するものであるから、右選挙は、前記除外の点以外は無効である。と陳述した。

(証拠省略)

被告(指定代理人及び訴訟)代理人は、原告の請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張事実中、昭和三十年二月十一日施行された嘉穂町長選挙において原告が選挙権及び被選挙権を有し、適法な立候補届出をなしたこと。右選挙において金光禎及び山本藤太郎も候補者となり(山本は大里作右衛門の推薦届出)それぞれの立候補届出書及び推薦届出書が同年二月三日提出されたこと。同町選挙管理委員会及び選挙会は右三名を候補者として選挙を施行し、選挙会は金光禎を当選者として決定したこと。原告が同年二月二十四日、同町選挙管理委員会に異議の申立をなし、同委員会は同年三月二十五日右異議の申立を理由なしとして棄却する決定をなしたこと。原告がこれを不服として同年四月十三日、被告福岡県選挙管理委員会に訴願を提起したが、被告委員会は同年八月二十三日、右訴願を棄却する裁決をなしたこと。右選挙において、金光、山本両候補の届出書の宛名人が、届出の当時、選挙長山本覚重と誤記されていたこと、右各届出書の誤記の訂正及び不要文字の抹消が選挙管理委員会の書記兼、選挙長の職務執行補助者によつてなされ、右誤記の訂正については選挙管理委員会印を訂正印として押捺し、その後投票当日、各届出者において右訂正抹消箇所に押印したこと。金光候補の届出書にその届出の当時職業の記載がなかつたことはこれを認める。(なお右誤記の訂正、不要文字の抹消は、予め届出者の同意を得て同年二月五日なされたものである。)その余の原告主張事実は全部争う。以上の程度の届出書の瑕疵は未だ以て届出を無効ならしめるものではないから本件選挙及び当選決定は有効であり、その他被告委員会の裁決が違法であるとなす原告の主張はすべて理由がない。と述べた。(立証省略)

理由

昭和三十年二月十一日施行された嘉穂町長選挙に際し、原告は同年二月五日、訴外金光禎は同月三日各立候補届出をなし、山本藤太郎は、同月三日大里作右衛門による推薦届出をなしたこと。同町選挙管理委員会及び選挙長は、右三名を候補者として選挙を施行し、選挙会は右金光禎を当選者と決定したこと。原告は同町選挙管理委員会に対し異議の申立をしたが、同委員会は同年三月二十五日右異議の申立を理由なしとして棄却する決定をしたので、原告は同年四月十三日被告福岡県選挙管理委員会に訴願を提起したが、被告委員会は同年八月二十三日、右訴願を棄却する裁決をなし、原告は右裁決に対し本訴を提起したものであることは当事者間に争がない。

よつて、以下原告の主張する選挙無効の事由について、逐次判断する。

(一)(二) 成立に争のない甲第二号証の一乃至四、甲第三号証の一乃至六、証人武田懿太郎、田中一雄、内田辰郎、金光禎、大里作右衛門、末継実の各証言を綜合すれば、前記嘉穂町長選挙に際し、原告と共に金光禎、山本藤太郎(推薦)が立候補し、金光禎の立候補届出書及び大里作右衛門による山本藤太郎の候補者推薦届出書はいずれも同年二月三日提出され、同町選挙管理委員会の書記で選挙長武田懿太郎の事務補助者であつた末継実がこれを受付け、同人の手を経て同日選挙長武田懿太郎がこれを受理したこと。右各届出書の用紙は同町選挙管理委員会の係員が謄写版刷で作成したもので、これに必要事項を記入し、不要文字を抹消すれば候補者自身による立候補届にも、推薦者による「候補者推薦届出」にも双方利用し得るよう、公職選挙法施行規則第十二条により同規則第十六号様式及び第十七号様式を兼ねて作成したものであつたがその原紙を作成した選挙管理委員会の係員が、宛名人たる選挙長の氏名を山本覚重(同人は選挙管理委員会の委員長)と誤記したまま印刷されたこと。而して金光禎は同年二月二日同町役場に置かれていた選挙管理委員会事務所に行き、同委員会の書記兼選挙長の事務補助者たる末継実に立候補届につき尋ねた際、立候補届の用紙を見て選挙長の氏名の誤記に気付き、同人に対し届出の際にはこれを訂正して貰うよう依頼し、なおその際、金光は末継に対し、立候補届出書の記載の不備な点は同人において補正して呉れるよう依頼して置いたので翌二月三日届出をなすに際しては、自らは届書を記載せず、小林某に印顆を持たせて「行きさえすれば判るから」といつて、立候補届に赴かしめたこと。然るに小林は、選挙長の氏名の誤記を訂正せず、届出用紙中の推薦の文字(二ケ所)も抹消せず、且住所及び職業の欄をも記入することなく、空白としたまま金光禎の記名捺印ある立候補届出書を提出し、これを受付けた前記末継実も、その場で補正しないで、そのまま選挙長武田懿太郎に取次いだこと。また山本候補の推薦者大里作右衛門は、前記用紙に自ら所要事項を記入し(但し不要文字を抹消することなく)捺印して推薦届出書を提出したが、これを受付けた前記末継実から選挙長の氏名が誤つて印刷されているから後で訂正しておくといわれたのでこれを諒承して帰つたこと。その後同年二月五日原告が立候補届に来た際届出用紙の宛名人の誤記の点を取り上げその不備を責めたので、末継は選挙長の事務補助者である大里道輔をして右両候補の届書の宛名人を武田懿太郎と訂正せしめ、且末継は右届出用紙は同委員会が作成したものであるから、同委員会がこれを訂正し、その訂正印を押捺すれば足るとの考えから選挙管理委員会印を訂正印としてこれに押捺し、なお同日前記両候補の届出書の不要文字(金光の分については推薦の文字、山本の分については立候補の文字及び右両届出書の添付書類欄中の不要文字)を抹消したが、その後投票当日、金光及び大里をして以上の訂正抹消の箇所に訂正印を押捺せしめたこと。なお金光候補の届出書には職業住所の記載がなかつたので、前記末継実は、同年二月三日右届出について選挙長の告示をなし、選挙管理委員会及び町長の職務代行者に、右届出のあつたことを通知するに際し、念の為電話で金光にその職業住所を問合せ、且同人に代つてこれを届出書に記入するよう依頼を受けたので、その回答のとおり告示書及び通知書に記載し、その後二月十一日の投票日当日金光の届出書に右回答のとおり職業を農業と記入し、また住所の記載をなし、且前記抹消訂正の箇所に、金光の訂正印を押捺せしめ、大里作右衛門の届出書についても、同日同人をして前記訂正抹消箇所に押印せしめたことを認めることができ、前記末継証人の証言中右認定と牴触するが如き部分は措信し難くその他に以上の認定を覆し、これに反する原告主張事実を認めるに足るべき確証はない。

右認定の事実によれば、候補者金光禎の本件立候補届出書、大里作右衛門による候補者山本藤太郎の本件推薦届出書は、いずれもその届出用紙に記載せられていた宛名人たる選挙長の氏名の誤記を訂正せず、また、右届出用紙が「立候補」「推薦」の双方に利用できるように刷込んであつたのにそのいずれか一方を抹消せず刷込みのその他の不要文字をも抹消することなく、更に金光の立候補届出書には職業住所を記入することなくして提出せられたものであるから、右各届出書は、その提出当時においてはこれらの点において不備ないしカシある届出書といわねばならない。しかしながら、選挙に関する届出なるものは、機関に対してなされるものでその機関の地位にある個人に対してなされるものでないことは勿論である、それで本件届出人において、その届出書の宛名人が選挙長山本覚重と選挙長の氏名を誤つて刷込まれたものを訂正せずしてそのまま提出しても、それは選挙長宛に提出したものと見るべきは当然であるからこの選挙長の氏名の誤記を訂正せずして提出された本件各届出書もこれを有効な届出書というを妨げないものと解すべく次に、金光禎の立候補届出書はこれに刷込んである「推薦」の文字を抹消せずして提出されたが、前顕甲第二号証の一により明らかなように候補者の欄に本人の氏名が記入されているので、これが同人の立候補届出書であることは一見して明らかなところであつて、また、大里作右衛門による山本藤太郎の推薦届出書はこれに刷込んである「立候補」の文字を抹消せずして提出されたが、前顕甲第三号証の一、二により明らかなように届出人は大里作右衛門であつて候補者の欄には山本藤太郎と記入されているのみならず、該届出書には山本藤太郎の候補者推薦届出承諾書が附属書類として添付されているので、これを推薦届出書であると認めるに何等疑を容るる余地は存しないからこの「立候補」または「推薦」の文字を抹消せずして提出された本件各届出書の無効を来すべき道理はない。次に届出用紙に刷込んであつた不要文字、すなわち添付書類欄の候補者の承諾書(これは金光の立候補届出書の分のみ)所属政党証明書、公務員のまま立候補することの出来る証明書の記載を抹消せずして各届出書は提出されたが、届出書の党派の欄にはいずれも無所属と記入しあり、また職業の欄にはいずれも公務員たることは記載されておらず、金光候補の届出書は本人の立候補届出書であるから、添付書類として候補者の承諾書の必要のないことは勿論である故、右添付書類欄の刷込記載を抹消せずして提出された本件各届出書はその抹消事項の性質を考慮するときはこれを無効とすべき理由は毫も存しない、更に立候補届出書に候補者の住所職業を記載すべきことは公職選挙法施行令第八十八条の要求するところであるけれども、これが記載を欠く届出書は無効であると解すべき根拠はない。

叙上説明のとおり本件各届出書に存する前記の如き不備ないしカシは、これを個々に見るとき該届出書の無効を来すことはないものと解すべきであるが、これを総括して見るもなお、右届出書は有効な届出書たるを失わないものと解するを相当とする。

しかのみならず、届出書の宛名人たる選挙長の氏名の誤記は前記認定のように候補者届出の期間内に選挙管理委員会の書記で選挙長の職務執行補助者によつて届出本人の依頼ないし同意の下に正当に訂正(届出人の訂正印は後日押捺せられたが訂正印の押捺なくとも訂正は勿論有効であることに変りはない)せられたので、ここに届出書に存した選挙長の氏名の誤記のカシは治癒せられたものというべく、また、届出書の立候補または推薦の文字及び添付書類欄の不要文字の抹消も前認定のとおり、前記係書記において矢張り候補者届出の期間内に金光の立候補届出書の関係については同人の依頼により、大里による山本の推薦届出書については届出人の意思を汲んでそれぞれ適正にこれをなし(削除印の関係については前同)たので、これまたこの点の不備ないしカシは完備ないし治癒せられたものということができる。金光の立候補届出書の同人の職業及び住所は候補者届出の期間内には遂に記載せられなかつたけれども、前認定のように前記係書記において届出書の提出当日本人に問合わせてこれを明らかにし、なおその際代つて記入することを依頼せられたので選挙当日右届出書に記入して完備したものである。

さすれば金光の本件立候補届出書及び大里による山本の本件推薦届出書は、いずれも有効と解すべきところ、これを無効なりとの前提の下に右金光及び山本の候補者届出を有効として施行した本件選挙を無効であるとする原告の(一)(二)の主張は採用することはできない。

なお、候補者届出の用紙を公職選挙法施行規則第十二条所定の第十六号様式と第十七号様式とを兼ねたものを作成し、これを用いて立候補届出または候補者推薦届出をなさしめることは何等違法ではなく、この場合届出人においてはいずれか一方を抹消して提出すれば足るものであるから、かかる届出用紙を作成したことを以て選挙の管理執行が公正を欠いだものと断ずべき筋合ではないので、この点を違法なりと主張する原告の(二)の主張も理由がない。

(三) 原告は金光禎はセメント販売業者であるから「土木建築用物件の供給業務」を営むものであり、かかる職業は地方自治法第百四十二条の規定によつて町長がなることのできない職又は地位に該当するとして同人の立候補届出は無効、従つて本件選挙も無効であると主張するので、原告主張の如き事由が選挙無効の原因たり得るかという点についての判断はしばらく措き、果してその主張の如き事実の存するか否かについて調べて見るに、証人金光禎の証言によれば金光禎は立候補当時農業に従事していたこと、尤も合資会社金光商店はセメントその他の左官材料等を販売しているが同会社の代表者は同人の妻で同人自身は同会社の社員にもなつていないことを認めることができ、金光禎がセメント販売を業とするものであることを認めるに足る証拠は存しない、仮りに同人が右会社の経営に関与していて、セメント販売業者と認むべきものとするも、かかる職業自体が直ちに地方自治法第百四十二条にいわゆる町長がなることのできない職又は地位に該当するものでないことは同条を一読すれば自ら明らかであるから原告の右(三)の主張は既にこの点においてその理由がない。

(四) 原告は選挙長が金光禎の候補者届出の事実を町長職務執行代理者及び選挙管理委員会に対してなした通知書に候補者(推せん)届出があつたと記載し右(推せん)の文字を抹消してなかつた事実を捉えて金光禎は同人自身の立候補届出であるのに推薦届出なるが如く通知したのは違法であると主張し、通知書に右の如き記載があり(推せん)の文字が抹消してなかつたことは前顕甲第二号証の二、三により明らかであるけれども、公職選挙法施行令第九十二条の規定によつて候補者の届出又は推薦届出があつた場合に選挙長の通知すべき事項は候補者の氏名、本籍、住所、生年月日、その属する政党、その他の政治団体の名称及び職業である点及び本件通知書たる右甲第二号証の二、三には推せん届出者の記載のないことから右候補者の届出は推薦届出ではなく候補者本人の届出であることが明白である事実から考えると前記通知書に候補者(推せん)届出があつたと記載されていて(推せん)の文字が抹消せられていなかつたことは候補者届出の通知としてその効力に何等の影響を及ぼすものではないというべきであるから、これがため選挙の無効を来すことのないことはもとより言を俟たないところである。なお金光候補の住所職業は前認定のとおり係書記において届出書の提出当日本人に確めてこれを本件通知書に記載したものであるから原告の(四)の主張も理由がないものといわねばならない。

(五) 選挙長の事務補助者である選挙管理委員会の書記が金光、山本両候補の届出の受理に際し届出書の形式の不備ないしカシを直ちに補正せしめる等事務処理について周到な注意を欠いだ点のあつたことは前認定事実によつて認められないことはないけれども、これがため選挙の自由公正を害したものという訳ではなく、いわんや右両候補の利益のため故意に曖昧な届出手続を企図したとの原告主張事実に至つてはこれを認むべき何等の証拠も存しないのであるから原告の(五)の主張はもとより採用の限りではない。

(六)、(七) 原告のこの点の主張事実についてはこれを認めるに足る何等の証拠もないので右(六)(七)の主張も採用できない。

更に以上説示の各項目を綜合して観察しても、本件選挙の自由公正を害し、これを無効としなければならない程の管理執行規定の違反ありともいえないから、右選挙は原告の関係のみならず全部有効であるといわねばならない。

而して被告委員会の裁決が原告の訴願を当選の効力に関するものとした見解は支持し得ないけれども、右裁決は、選挙の効力に関しても、原告の主張するすべての点を審査した上結局本件選挙及び選挙会の当選決定を有効であると判断して原告の訴願を棄却したものであつて、その裁決は結局正当であるといわざるを得ないから、右裁決の取消を求めると同時に原告の立候補手続に関する点以外の本件選挙の無効の判決を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)

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